野球が夢にあふれるものならば。

球界再編問題に揺れた今年のプロ野球の中で
幾度となく聞かれた「子供たちに夢を与える」という言葉。

思い起こしてみれば、私自身が‘子供’といえる年頃だった頃、
野球に夢をもらっている・・と実感したことはありません。

自分が野球をする機会もなかったですし。
私の野球経験は、今まで生きてきたうち、たった1ヶ月ほど。

小学生の時に学級内で野球の対抗戦をすることになり、
チームごとに、毎日近くの大きな空き地に行っては猛特訓。
どんなに頑張っても、バットにボールが当たることはまれでしたが、
守備のほうでは、ゴロやフライを捕ったり送球したりできるように
なったことが嬉しくて楽しくて、練習が大好きになりました。
野球っておもしろい。心からそう思いました。
でも、別に「野球に夢をもらってる」とか考えたわけではなく。

(その学級対抗本番は、最終回二死満塁で自分に打順がまわってきて、
 とても打てる球ではないのでバットを持ってつっ立ってたら、
 なんと押し出し四球でサヨナラ勝ち、というすごい試合になりました。)

中学生時代、自分で野球をやることはなかったけれど、
野球を見ることに燃えた時代でした。

テレビの野球中継はもちろん欠かさず見て、そこに映し出される
数々のプレー、選手に興奮したり感動したり時には野次ったり。
球場に行ける前日は、興奮のあまり眠れなくなったり。

とぼしいお小遣いから週ベを買い、テレビで映されることの少ない
パリーグの選手についての情報をかき集めたり。
毎日毎日、朝刊のスポーツ欄をなめるように見ては、
前日の各チーム選手の打撃成績・登板成績をチェックし、
お気に入りの選手の成績に一喜一憂したり。

野球でどきどきわくわくすることを覚えてしまった時代です。
それでも、やっぱり「野球に夢をもらってる」なんて思ったことはなくって。


‘野球’と‘夢’という言葉が初めて結びついたのは、
自分が大人になって、真剣な眼差しで「野球選手になりたい」
という少年たちと出会った時でした。
野球をやっている子供にとって、野球は将来の‘夢’になり得るのだと。
同時に、
野球をやったり、見たりして、どきどきわくわくすることっていうのも、
野球から‘夢’ってもんをもらってるってことなのだと。
(そして、それは子供だけじゃなくって、大人だって)

今年の球界再編騒動のわけわかんない中でも、
野球少年の視線の先から‘野球の夢’が消えることはなく、
野球を見てどきどきわくわくする気持ちが失せてしまうこともなく。
彼らはきっと、子供だった私と同じように、
「野球に夢をもらってる」なんて考えてはいないのです。
ただただ、ひたすらに野球に夢中で、のめりこんで、楽しんで。
それって、なんだか嬉しいじゃぁないか。

でもね。思ったのです。

例えば、一場投手。
彼にとっても野球は‘夢’だった。
だから、金銭授受のルールを破ってしまっても、
彼は日本で野球をやりたい、と語る。

例えば、井口選手。
彼にとっても野球は‘夢’だった。
だから、ルール無視のヘンな契約を使ってでも、
彼はメジャーで野球をやりたい、と語る。

ルールを破ったり無視したりしてしまうことは、誰にでもありますし、
ルール自体がおかしい、という場合もあるでしょう。
一場投手の場合、大学の監督やそれでも獲得したいという球団、
井口選手の場合、常識的におかしい契約を独断で結んだ経営側、
にも、もちろん問題があります。

それでも、ルールを破っても無視しても、自分のやりたいことはやる、
自分の要求は通る、というのであれば、誰もルールなんて守りたくなくなる。
それをあたりまえのように、野球の‘夢’を実現するのってどうなのかしら?

こういった件について、
野球選手のみなさんはどう思ってるのかなぁ。
なんとなく見過ごしていてほしくないなぁ。とふと思うのです。

自分たちが‘夢’をもって野球をしてきたのならば。
「子供たちに夢を与える」という自負と矜持が本物ならば。
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by namit100 | 2004-11-06 23:40 | 野球におもう

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