エッセイだけのお付き合いだけど。

佐野洋子さんといえば、絵本とか童話をかく人、なのですが、
彼女の絵本で読んだことがあるのは「100万回生きたねこ」だけ。
とても有名な絵本で、これをすすめてくれた大学時代の友人は、
この絵本で「ぼろぼろ泣いた」そうなのですが、
私は別に泣いたりもせず、あまり感動とかもせず、
まぁわりと「ふーん」って感じで読み終えてしまいました。
ただ、その猫の目つきには大きな衝撃を受けましたが・・。

しかし、私は、10数年前になんとなーく買った、
「ふつうがえらい」を読んで以来、
佐野さんのエッセイがあまりにも好きなのでした。
ちゃきちゃきしてて、正直で、お友達との会話がおもしろくて、
根拠はないけれどこの人の感覚ってまっとうだと思う。
でも、「100万回生きたねこ」では泣かないのに、
このエッセイの中の「愛する能力」って章を読んだら泣けてきて、
自分の感受性どーなっとんねんとちょっと思ったりもしつつ。
それ以降買い集めた、文庫化された数少ないエッセイ集は、
ふと思い出しては何度も読み返す本たちとなっています。
あっちこっちに頼まれて書いてるものを本にしてるみたいなので、
同じ友達の話とか何べんも出てきたりするんだけど、
それでもやっぱりおもしろいから、まぁいいんです。

で、先日本屋さんで「私の猫たち許してほしい」を発見。
書名は見かけたことがあるものの、現物に出会ったのは初めて。
オビによると2006年の秋に復刊したようです。
これは、佐野さんの初めてのエッセイ集。
やっぱり、この人の感覚、すごく好き。

外国(ヨーロッパ)に住んでいたとき、
タクシーやバスの運転手の
『でっぷり太った中年の男の髪の生えぎわと、
洋服のえりにくいこんでいるあいだのわずかな首』に、
いつまで住んでもそこは見知らぬ街だとどきっとする。

画材屋の窓のない二階でクロッキーをしながら、
通りの下から聞こえてきた
「あなたそんなことをしていると、世間が狭くなるよ」
という女の声で
『世間というものが、一人ひとりの生きている人間のつながりである』と
はじめて理解する。

美少女で「お嬢さん」の友達が家に来た時、
猫が部屋で吐いたものを始末したら
その友達に「佐野さん、えらいねえ」と言われて、
『何でも自分で始末することは貧乏のあかしである』と
悟って恥ずかしくなる。

なんか、こういう佐野さんの感覚って、
見たり聞いたり体験したりしたことが、
よけいなこと抜きにして、そのまま直結してるのね。

でも、やっぱりちょっと「私の猫たち許してほしい」は
文体も内容もかたくるしい感じがしてしまう。
「がんばりません」とかみたいに、
おしゃべりさんがぱたぱたぱたっとたたみかけてくるような中に
どきっとする感覚がはさまっているのが好きなのかも。
まぁ、ともかく、単純におもしろい。
私もここに出てくるような友達、ちょっとほしい。
『読書は怠惰な快楽である』ってフレーズ、すごく好き。

以前に出ていたエッセイはどれも40〜50代の頃のもののようで、
その後、ご病気等いろいろあったみたいですが、
「そして、私は不機嫌なまま六十五歳になった」という言葉で
あとがきがしめくくられている佐野さんのエッセイ集、
発見してしまったので、仕方なく苦手な単行本で買ってしまいました。

んで、佐野さんのエッセイって、
あの「100万回生きたねこ」の目つきみたいだな〜とか、
ふっと根拠もなく思いついてみたりして。アホみたいだな、自分。
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by namit100 | 2007-02-22 15:35 | 本をよむ

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